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調査レポート

建築士の報酬は、なぜ専門性に見合わないのか? ── 103名の調査に見る「報酬不満」と「納得」の分かれ目

施主との3回目の打ち合わせで、間取りがまた変わった。追加の図面を引き直す。でも請求書の金額は変わらない。──そんな経験に、心当たりはないでしょうか。
価格競争の末に受けた案件は、丁寧にやるほど赤字に近づく。元請けとの力関係で、報酬交渉の余地はほとんどない。建築市場株式会社が一都三県の建築士103名を対象に行った調査(2025年11月実施)では、45.7%が「報酬は専門性や業務量に見合っていない」と回答しました。一方で52.4%は「おおむね見合っている」と答えています。
ほぼ半々に割れたこの結果。報酬に納得している建築士と、そうでない建築士の間には、何があるのか。本コラムでは調査データを手がかりに、その分かれ目を探ります。

■ この記事でわかること

  • 建築士の45.7%が「報酬は専門性・業務量に見合っていない」と回答。
  • 報酬不満の背景:「設計変更の無償対応」57.4%、「価格競争」55.3%、「取引構造上の交渉力の弱さ」51.1%
  • 報酬に納得している層の工夫1位は「設計意図の丁寧な説明」(46.3%)。施主との直接契約(27.8%)が続く
  • 85.4%が建築費用の原価構造の把握を希望。74.7%がコスト透明な取引環境での改善を期待

建築士の報酬に対する満足度は、いまどのくらいなのか?

まずは全体像です。調査(Q2、n=103)で報酬の妥当性を尋ねたところ、「全く見合っていない」14.6%、「あまり見合っていない」31.1%。あわせて45.7%が不満を抱えています。

出典:建築市場株式会社「建築士の働き方と報酬に関する実態調査」(2025年11月、n=103)

一方、「ある程度見合っている」38.8%と「よく見合っている」13.6%で、52.4%はおおむね納得しています。ほぼ半々。「建築士は総じて報酬が低い」というわけではなく、満足している層と不満を感じている層がくっきり分かれている。ここが今回の調査の面白いところです。
国土交通省は建築士法第25条に基づく「業務報酬基準」を告示として定めており、2024年1月には5年ぶりの改定(告示第8号)が行われました。戸建て住宅を含む略算表の見直しや難易度係数の再設計が盛り込まれ、実態に即した基準への更新が進んでいます(出典:国土交通省「設計、工事監理等に係る業務報酬基準について」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000082.html)。制度としての「適正報酬の目安」は整備されつつある。にもかかわらず半数近くが不満を感じているとなると、問題は報酬基準の有無ではなく、現場の取引慣行にあると考えるのが自然です。

「見合っていない」と感じる建築士は、何に困っているのか?

報酬不満層47名に、背景にある業界の課題を聞きました(Q4、複数回答)。回答は上位から下位まですべて40%超。一つの原因ではなく、複数の要因が束になって報酬を圧迫している状況が見えてきます。

出典:建築市場株式会社「建築士の働き方と報酬に関する実態調査」(2025年11月、n=47)

1位は「設計変更や追加の要望に、無償または低価格で応じざるを得ない場面が多い」(57.4%)。たとえば、見積もり確定後に施主から「やっぱりキッチンのグレードを上げたい」と言われる。再見積もりと図面の修正が発生するけれど、追加報酬の話は切り出しにくい──そんな場面が、この数字の背景にあるのでしょう。注文住宅の設計では打ち合わせを重ねるうちにプランが変わるのは日常茶飯事ですが、問題は「ここまでが契約範囲」という線引きが曖昧なまま進みがちなことです。
2位の「価格競争」(55.3%)、3位の「取引構造上の交渉力の弱さ」(51.1%)は、性質が異なります。前者は市場環境──設計の質よりも「いくらでやるか」が比較基準になりやすい問題。後者は元請け・下請け間の力関係が報酬交渉の余地を狭めるという組織的な問題です。
4位以下も見逃せません。「工事全体のコストが不透明で、設計の付加価値を価格に反映させにくい」と「スキルや実績を積んでも、報酬アップに直結する評価の仕組みが整っていない」がともに42.6%。「見積作成や申請など、手間はかかるが報酬に反映されにくい業務が多い」が40.4%。コスト情報へのアクセスの制限と、評価制度の未整備が、報酬不満の底流にあるようです。
建設業界では多重下請け構造が長らく指摘されてきました。国土交通省の資料によれば、元請けから一次下請け、二次下請け、さらにその先へと、下請け構造が複数次にわたって重層化しており、各階層でマージンが差し引かれるため末端の利益率が圧縮されやすいとされています(出典:国土交通省「重層下請構造の改善に向けた取組について」https://www.mlit.go.jp/common/001236203.pdf)。今回の調査対象は施工側ではなく設計側の建築士ですが、Q4の3位に「取引構造上の交渉力の弱さ」が入っていることは、この構造が設計報酬にも影を落としていることを裏付けています。

では、報酬に「納得している」建築士は何をしているのか?

ここまで、不満層の声ばかりを聞いてきました。無償対応、価格競争、取引構造、コスト不透明──課題は山積みです。しかし同じ業界、同じ時代に、報酬に納得している建築士が52.4%いるのも事実です。両者を分けているものは何なのか。Q3(n=54、複数回答)にヒントがありました。

出典:建築市場株式会社「建築士の働き方と報酬に関する実態調査」(2025年11月、n=54)

1位は「設計の意図やプロセスを丁寧に説明し、付加価値への納得感を醸成している」(46.3%)でした。2位「施主と直接契約し、中間のマージンが発生しないようにしている」(27.8%)、3位「自身のスキルや実績を明確に提示し、強気の価格交渉を行っている」(24.1%)と続きます。
ここで注目したいのは、1位の内容です。「設計の意図やプロセスの丁寧な説明」には、デザインコンセプトの共有から、費用が発生する理由の説明まで、幅広い行為が含まれるでしょう。必ずしも「コストの話をしている」とは限りません。
ただし、Q4(不満層)の4位に「コスト不透明で設計の付加価値を価格に反映しにくい」(42.6%)が入っていたことを思い出してください。不満層が「伝えられない」と感じていることを、納得層は「伝えている」。この対比から読み取れるのは、設計の価値を──コストの文脈も含めて──施主に「届けられるかどうか」が、報酬の納得感を左右している可能性です。
ただし、2位の「施主との直接契約」(27.8%)が示すように、伝え方だけの問題ではありません。中間マージンが発生しない取引構造を選べているかどうかも、報酬の納得感に影響しています。前のセクションで見た「取引構造上の交渉力の弱さ」(Q4、51.1%)の裏返しです。
ちなみに、日本建設業連合会の統計によると、2024年の建設業就業者数は477万人で、ピーク時(1997年・685万人)から約30%減少しています。55歳以上が約37%を占め、29歳以下は約12%(出典:日本建設業連合会「建設業の現状:建設労働」https://www.nikkenren.com/publication/handbook/chart6-4/index.html)。担い手が減り続ける業界において、Q3の4位に「特定分野への特化とブランド化」(20.4%)が入っていることは示唆的です。人手不足が進むほど、「この分野ならこの人」という専門性の価値は相対的に高まる。報酬に納得している建築士の一部は、すでにその流れを先取りしていると言えるかもしれません。

コスト構造が見えないことは、設計提案をどう制約しているのか?

報酬の話から、もう一歩先へ進みます。コスト情報の有無は、「稼ぎ」だけでなく「仕事の質」──設計提案そのものにも影響しています。
調査では、専門性を活かした設計提案を十分な裁量をもって行えていないと感じる建築士が44.7%いました(Q6、n=103)。その46名に理由を尋ねた結果がQ7(複数回答)です。

出典:建築市場株式会社「建築士の働き方と報酬に関する実態調査」(2025年11月、n=46)

1位は「コスト構造が不透明で、代替案を提案するための情報が不足しているから」(54.3%)。半数以上です。2位には「予算上、コストを抑えた標準的な設計が求められるから」「元請け会社の意向が強く、設計の自由度が低いから」「業務量が多く、案件に時間をかける余裕がないから」が45.7%で同率に並んでいます。
具体的に考えてみましょう。施主が「予算内で無垢材のフローリングにしたい」と言ったとき、資材費と施工費の内訳がわかっていれば、「床材をこの樹種に変えればコストを抑えつつ風合いは近づけられます」と返せます。内訳がわからなければ「ちょっと予算的に厳しいですね」で終わる。同じ建築士でも、手元にあるコスト情報の量で、出せる提案の幅がまるで違ってくるわけです。
Q7の4位「業務量が多く余裕がない」(45.7%)も、建設業全体の人手不足と無関係ではありません。就業者数がピーク時から30%減っている中、建設投資額は増加傾向にあります(出典:国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」)。一人あたりの負担が増えれば、案件ごとに腰を据えて設計を練る時間は削られる。コスト情報の不足と時間の不足が重なって、提案の裁量を奪っている──そんな構図が浮かび上がります。

原価構造が見える環境は、建築士の仕事をどう変えうるのか?

ここまでの議論を踏まえれば、建築士が「建築費用の原価構造を把握したい」と考えるのは当然の帰結です。Q8(n=103)はそれを裏づけています。

出典:建築市場株式会社「建築士の働き方と報酬に関する実態調査」(2025年11月、n=103)

85.4%。報酬への満足度(52.4%)を大きく上回る数字です。報酬に「見合っている」と答えた層も含めて、大多数が原価情報を求めている。報酬の水準にかかわらず、設計の仕事をするうえでコスト情報は必需品だ、ということです。
さらにQ10では、施主と直接つながりコスト構造が把握できる取引環境があれば「働き方や設計業務が改善される」と答えた建築士が74.7%に上りました。4人に3人が、コスト透明な環境での改善を期待しています。
この期待には、社会全体の賃上げ動向も関わっています。連合の2026春季生活闘争・第3回回答集計(2026年4月3日公表)によると、平均賃金方式での賃上げ率は全体で5.09%、300人未満の中小組合でも5.00%と、2年連続で5%台の高水準が続いています。中小組合の賃上げ額は13,960円で、昨年同時期を600円上回りました(出典:連合「2026春季生活闘争 第3回回答集計結果」https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/index2026.html)。全産業で賃上げが進む中、建設業の処遇改善が追いつかなければ、他産業への人材流出に拍車がかかりかねません。改正建設業法の「労務費の基準」は、こうした危機感を背景に整備された制度です。
制度面でも追い風が吹いています。2025年12月12日に全面施行された改正建設業法(第三次担い手3法)は、3つの柱で建設業の取引慣行にメスを入れました。第一に、中央建設業審議会が「労務費の基準」を策定し、著しく低い労務費での見積もり・契約を禁止。第二に、資材高騰時の価格転嫁協議を法的に義務化。第三に、原価割れ契約の禁止を受注者にも拡大適用(出典:国土交通省「改正建設業法に基づく『労務費の基準』について」)。見積書に材料費・労務費・経費の内訳を記載する努力義務も課されました。
この改正は主に施工段階の取引を対象としていますが、施工費の内訳が透明化されれば、設計段階でのコスト見積もりの精度も上がります。建設資材物価指数が2015年比で約40%上昇している今(出典:一般財団法人建設物価調査会「建設物価 建設資材物価指数」)、「何にいくらかかっているか」を設計段階で把握できるかどうかは、建築士と施主の双方にとってますます切実なテーマになっています。

まとめ

今回の調査で見えてきたのは、報酬に不満を感じる建築士と納得している建築士の「分かれ目」です。
不満層の課題認識には、無償対応の常態化、価格競争、取引構造上の弱さ、そしてコスト情報の不透明さが並んでいました(Q4)。一方、納得層が実践していたのは、設計の意図を丁寧に伝えること、施主との直接契約、スキルのブランド化でした(Q3)。両者を隔てているのは、設計の付加価値を──コストの文脈も含めて──施主に届けられるかどうか、という点にありそうです。
そしてコスト情報の不足は、報酬の問題にとどまりません。代替案を提案するための情報が足りないという形で、設計の裁量そのものを制約しています(Q7)。85.4%が原価構造の把握を望んでいるのは、それが「稼ぎ」と「仕事の質」の両方に効くからでしょう。
業務報酬基準の改定(告示第8号)、改正建設業法の全面施行と、コスト構造の透明化を支える制度基盤は整いつつあります。あとは、その情報が設計の現場に届く仕組みをどう作るか。施主・建築士・職人のあいだでコスト情報が共有される取引環境が広がれば、建築士は自らの専門性をもって、報酬と提案の両方を改善していけるはずです。
次の案件の見積もりを出すとき、手元にあるコスト情報は十分でしょうか。その問いが、変化の出発点になるかもしれません。

建築市場株式会社が運営する「建築市場」は、まさにそうした取引環境の実現を目指すプラットフォームです。施主と建築士・職人を直接つなぎ、セルフビルドの手法で中間コストを削減。コスト構造の可視化を通じて、施主には適正価格の家づくりを、建築士には専門性が正当に評価される働き方を提供しています。

詳しくはこちら:https://lp.kenchiku-ichiba.com/lp01

よくある質問(FAQ)

Q. 建築士の設計報酬には、何か公的な基準があるのですか?

あります。建築士法第25条に基づき国土交通省が定める「業務報酬基準」で、2024年1月に告示第8号として5年ぶりに改定されました。建物の用途・規模ごとに標準業務量が設定されており、報酬の目安を算出できます。ただし努力義務のため、実際の契約金額は当事者間の交渉で決まるのが実情です。

Q. 建設業の多重下請け構造とは何ですか?

元請けから一次下請け、二次下請け…と業務が重層的に再委託される構造です。国土交通省の資料によれば、下請け構造が複数次にわたって重層化しているケースが多く、各階層でマージンが発生するため末端の利益率が圧縮されやすくなります。国は改正建設業法や「建設Gメン」の活動で不適正取引の是正を進めています。

Q. 2025年12月の改正建設業法では何が変わりましたか?

主に3点です。①中央建設業審議会が「労務費の基準」を策定し、著しく低い労務費での見積もり・契約を禁止。②資材高騰時の価格転嫁協議を法的に義務化。③原価割れ契約の禁止を受注者にも拡大。いずれも建設業の担い手確保と処遇改善が目的です。

Q. コスト構造の透明化は、施主にどんなメリットがありますか?

「何にいくらかかっているか」が見えることで、施主は根拠を持って意思決定できます。建築士がコスト情報をもとに代替案を提案しやすくなるため、限られた予算の中でも「ここにはお金をかけたい」「ここは抑えてもいい」という優先順位づけが具体的にできるようになります。

Q. この調査の概要を教えてください。

建築市場株式会社がIDEATECHの「リサピー®」を活用して実施したインターネット調査です。調査期間は2025年11月19日〜26日、一都三県の建築士103名が対象。報酬の妥当性、業界課題、設計の裁量、原価把握ニーズなど全10問の構成です。


■ 調査概要

調査名称:建築士の働き方と報酬に関する実態調査
調査方法:IDEATECHが提供するリサーチマーケティング「リサピー®」の企画によるインターネット調査
調査期間:2025年11月19日〜同年11月26日
有効回答:一都三県で就業する建築士103名
調査実施:建築市場株式会社(東京都豊島区、代表取締役:天野智弘)
出典URL:https://lp.kenchiku-ichiba.com/lp01

■ 本文中で参照した外部データ

国土交通省「設計、工事監理等に係る業務報酬基準について」:
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000082.html
国土交通省「重層下請構造の改善に向けた取組について」:
https://www.mlit.go.jp/common/001236203.pdf
日本建設業連合会「建設業の現状:建設労働」(2024年データ):
https://www.nikkenren.com/publication/handbook/chart6-4/index.html
国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」:
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001493958.pdf
国土交通省「改正建設業法に基づく『労務費の基準』について」(2025年12月全面施行)
一般財団法人建設物価調査会「建設物価 建設資材物価指数」
連合「2026春季生活闘争 第3回回答集計結果」(2026年4月3日公表):
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/index2026.html

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